14歳までの小児と、15歳から39歳までの思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult)をあわせて、小児・AYA世代と称されます。小児・AYA世代の悪性腫瘍(がん)患者は、全がん患者の約4%を占めています。山梨県内でも毎年約100名の小児・AYA世代が、がんに罹患しています。一方で、がん治療の成績は年々向上しており、それに伴ってがん治療後の人生をより豊かにするための手段が考案されています。その一つが妊孕性温存療法です。
妊孕性とは、将来、妊娠・出産できる可能性のことを指します。妊孕性はがん治療によって損なわれてしまう可能性があり、治療に先立って妊孕性温存療法を行うことが提案されます。
当院は県内唯一の「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)、および卵巣組織の凍結・保存に関する登録施設」です。また、「日本がん・生殖医療学会 認定がん・生殖医療施設」です。「認定がん・生殖医療ナビゲーター」が在籍していますので、がん患者の治療後の人生を見据えたサポートとして「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン」に則り、妊孕性温存療法を実施することができます。ただし、あくまで悪性疾患の治療が最優先ですので、主治医の先生とよく相談の上で受診いただけますようお願いいたします。
これまでに当院で、女性では乳がんの他に、白血病、悪性リンパ腫の方の未受精卵子あるいは胚凍結を実施し、治療後に妊娠できた症例を複数経験しています。男性では精巣腫瘍の方が最も多く、他にも白血病などの血液疾患や胃がん、大腸がんなどの方の精子凍結を実施しています。
また、すでにがん治療中、あるいは終了後でも妊孕性についての相談可能です。
妊娠の成立にはいくつものプロセスが必要です。その中で絶対不可欠なのは、配偶子(精子・卵子)と子宮の存在です。がん治療の妊孕性への影響の多くは、この配偶子が得られなくなることで表面化します。
主に抗がん剤による治療を指します。抗がん剤の種類、投与量によって妊孕性への影響は異なります。とくにシクロフォスファミドやブスルファンといったアルキル化剤と呼ばれる抗がん剤は影響が大きいとされています。影響が小さいとされている薬剤で治療をしても、治療後に月経が再開するかどうかは人それぞれです。また、再開しても卵巣の予備能力が低下していることが報告されています。男性についても精子濃度が低下することが予想されます。
卵巣や精巣が照射範囲内に入っている場合、性腺機能が著しく低下します。影響を小さくするために、照射時には遮蔽する方法や、位置を移動させて固定する方法が試みられています。
脳へ照射した場合には、治療後に視床下部-下垂体系の機能が低下することがあります。その結果、下垂体から性腺刺激ホルモン(LH、FSH)が分泌されないため、性腺が働かずに機能低下と判断されます。ただしこの場合には性腺刺激ホルモンの薬剤を継続的に投与することで性腺機能を賦活化させることが可能です。
白血病などの造血器腫瘍では、造血幹細胞移植を行うことがあります。この前処置として大量化学療法(アルキル化剤など)と全身放射線照射が行われることが多いです。治療後はおよそ9割の方において性腺機能が損なわれたとの報告があります。
卵巣や精巣を摘出する場合には決定的に妊孕性が損なわれます。ただし、対側が残存していれば十分に妊孕性が保たれることが考えられます。
子宮頸がんや子宮体がんで子宮を摘出しなくてはならない場合には、妊孕性の温存は困難です。国内では代理懐胎(借り腹)などは認められていません。また、世界的には子宮移植の研究が進められ、実際に出産に至った症例が年々増えています。国内では動物実験(サル)が行われており、ヒトへの臨床応用にはもう少し時間が必要です。
以上より、妊孕性温存療法を実施するタイミングは可能な限り「治療前」となります。ただし、治療スケジュールや原疾患の状況からは許されないこともありますので、ひとりひとりの状況を鑑みて相談・検討します。とくに造血器腫瘍の場合には寛解導入療法後などの急性期を脱したタイミングで行うこともあります。造血幹細胞移植の前処置の前には実施したいところです。
精子凍結 | 未受精卵子凍結 | 受精卵(胚)凍結 | 卵巣組織凍結 | |
対象 年齢 |
思春期以降 | 思春期以降 | 0歳〜 (他施設と連携) |
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所要 期間 |
1〜数日間 | 2〜3週間 | 数日間 | |
費用 | 1万円〜 | 30万円〜 | 40万円〜 | 80万円程度 |
特徴 | 用手法で採取 | パートナー不要 | パートナーが必要 | 腹腔鏡手術 |
精巣生検(約30万円)やonco-TESEも可 | 使用時は顕微授精し再凍結または移植 | 使用時は融解して移植 | 移植時も同様の費用がかかる | |
使用時は顕微授精 | 卵子一個あたりの出生率は0.78〜4.47 % | 胚一個あたりの出生率は20〜40 % | 研究段階の技術で実施施設が限定 | |
年間維持費用 | 7千円 | 3万5千円 |
精子の凍結保存を行います。基本的な方法としては、用手法で滅菌カップに射出精液を採取し持参してもらいます。精子凍結保存液を加え、液体窒素中に保存します。採取した精液中に精子を得られない場合には、精巣内精子回収法(手術)も可能です。原疾患が精巣腫瘍の場合、摘出した精巣から精子を探して回収するOnco-TESEを行うことがあります。残念ながら思春期前の場合には精子の回収は困難です。精巣組織凍結という方法が研究されていますが、臨床現場での実施にはまだ時間が必要です。
凍結保存は半永久的に可能で、当院では15年以上凍結保存した精子を用いて生児を得た症例を経験しています。
体外受精の技術が必要です。思春期以降では主に、卵子を採取して未受精卵子凍結、あるいは受精卵(胚)凍結を行います。思春期前の場合は卵巣組織凍結を行うことが可能です。
下の図に代表的な調節卵巣刺激のスケジュールを示しましたが、ちょうど良い時期に生理になるとは限りません。がん治療のスケジュールと妊孕性温存に与えられた期間に合わせて、生理の時期とは関係なくフレキシブルに対応可能です。
(1)まず、悪性疾患(以下、原疾患)の主治医にご相談ください。
(2)主治医から「山梨大学医学部附属病院 産婦人科 大木(不在時はリプロ外来看護師)」までお電話ください。病院代表TEL:055-273-1111
(3)その電話で簡単に状況を聞かせていただき、受診予約をとります。治療に向けて時間的な猶予が少ないと思いますので、なるべく早い日程を提案します。
(4)主治医からの原疾患や全身状態に関する情報提供が必要です。本ホームページ下部から性別ごとの「生殖医療専門医への紹介状」をダウンロードしてください。主治医が内容を記載して、患者本人がご持参いただけますようお願いいたします。一部患者本人の記入欄もありますのでご注意ください。
(5)原疾患の治療に遅れのないよう、妊孕性温存療法を提供させていただきます。
上記の手順が当院初診までの時間が最短となりますが、上記手順が困難な場合には、各施設のがん支援相談員を通して当院までご相談ください。
山梨県がん・生殖医療ネットワーク 代表 吉野修
生殖医療専門医 吉野修 大木麻喜 小野洋輔
生殖医療専攻医 田中孝太 宮下大